第3章|好きを極めた人が作る社会
社会は「代われる人」を前提に作られてきた
これまでの社会は、
「誰でも代われる人」が多いほど
安定すると考えられてきました。
同じ教育を受け、
同じ基準で評価され、
同じことができる人が揃っている。
その状態は、
管理しやすく、
予測しやすく、
効率がいい。
均一であることは、
長い間、社会の強さそのものでした。
代われる仕事から、価値が消えていく
けれど今、
「誰でもできる仕事」から
順番に価値が薄れています。
理由は単純で、
それらは仕組みや技術に
置き換えやすいからです。
マニュアル化できること、
平均でこなせること、
再現性の高いこと。
社会が便利になるほど、
こうした役割は
人が担う必要がなくなっていきます。
残るのは「その人である理由」
その一方で、
置き換えられにくいものがあります。
・その人ならではの視点
・その人の経験から生まれる判断
・その人が続けてきた関心
これらは、
コピーできません。
同じことを学んでも、
同じ場にいても、
同じ形にはならない。
ここに、
「代替不可能性」が生まれます。
代替不可能な人が増えると、社会は弱くなる?
一見すると、
代替不可能な人が増える社会は
不安定に見えます。
誰かが欠けると、
穴が埋まらないように
感じるからです。
でも実際には逆で、
全員が同じ役割を担っている社会の方が、
一斉に崩れやすい。
同じ理由で、
同時に行き詰まるからです。
違いがある社会は、分散して強い
役割が分かれ、
強みが違い、
依存先が分散している社会は、
一部が止まっても
全体が止まりません。
誰かの得意が止まっても、
別の誰かの得意が動いている。
これは不安定ではなく、
柔軟さです。
代替不可能性とは、
孤立ではなく、
組み合わせの前提です。
均一さから、組み合わせの社会へ
これからの社会で
必要とされるのは、
全員が同じ形になることではなく、
違う形のまま、
どう組み合わさるかです。
代替不可能な人が増えることは、
社会が個人に依存することではありません。
社会が、
個人の違いを前提に
設計され直すということです。
次の記事では
次の記事では、
代替不可能性が
「仕事の中で何を変えるのか」。
誇り・責任・創造性という観点から、
もう一段、具体的に見ていきます。


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