02-02|「みんなそうしてる」が正解に見える理由

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正解がわからないとき、人は周りを見る

何かを判断するとき、
はっきりした正解があれば迷いません。

でも現実の多くは、
・どれが正しいのか分からない
・答えが一つではない
・間違っても指摘されない

そういう状況です。

そのとき人は、
自分の基準ではなく、
周囲の様子を手がかりにします。

「みんながやっている」
それだけで、安心できてしまう。

多数派=正解に見えてしまう構造

「みんなそうしてる」は、
論理的な正解ではありません。

でも、
・目立たない
・否定されにくい
・責任を一人で背負わなくて済む

という意味では、
とても安全な選択になります。

だから、
多数派であること自体が、
正しさのように感じられてしまう。

自分で考えて決めるには、
エネルギーが必要です。

間違えたときの責任も、
引き受けなければなりません。

その負担を避けるために、
人は無意識に、
判断を外に委ねます。

「自分で選んだ」という感覚より、
「合わせただけ」という感覚のほうが、
楽に感じる場面もあります。

違和感より、安心が優先される

「みんなそうしてる」は、
考えなくていい合図でもあります。

・理由を説明しなくていい
・納得できなくても進める
・違和感を抱えたままでも動ける

その分、
自分の感覚を置き去りにしやすくなります。

本当は少しおかしいと感じていても、
一人だけ違う行動を取るのは不安です。

だから、
違和感よりも安心を取る。

それが繰り返されると、
「みんなそうしてる=正しい」
という感覚が、だんだん強くなっていきます。

正解に見えているだけ、という視点

ここで大切なのは、
それが本当に正しいかどうかよりも、

「正解に“見えている”だけかもしれない」
と気づけるかどうかです。

みんなが選んでいるから正しい。
ではなく、
みんなが選びやすい形になっているだけ。

そう考えると、
少し距離を取って見られるようになります。

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