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「距離を取る」は、逃げや放棄ではない
社会と距離を取る、という言葉には、
どこかネガティブな響きがあります。
・逃げている
・向き合っていない
・諦めている
そう思われがちですし、
自分自身もそう感じてしまう人は多いです。
でも実際には、
距離を取ることと、
責任を放棄することは別です。
距離を取るとは、
全部を引き受けない、
という判断でもあります。
関わりすぎるほど、
見失うものがある
社会の要求にすべて応えようとすると、
自分の状態を後回しにしがちになります。
・疲れていること
・違和感があること
・無理が積み重なっていること
これらは、
一度距離を取らないと見えてきません。
常に中にいると、
「それが普通」になってしまうからです。
距離は、
状況を客観的に見るための余白でもあります。
距離を取ることで、
選択肢が戻ってくる
距離を取ると、
できることが減るように感じます。
でも実際には、
選べることが増えます。
・どこまで関わるか
・どこは任せるか
・どこは引き取らないか
全部を同じ重さで背負わなくていい。
そう思えるようになるだけで、
負荷は大きく変わります。
距離は、
関係を切るためではなく、
調整するためのものです。
社会との関係は、固定ではない
社会との関わり方は、
一度決めたら変えられないものではありません。
時期によって、
体力も、余裕も、役割も変わります。
その変化に合わせて、
距離も調整していい。
ずっと同じ関わり方を続けることのほうが、
不自然な場合もあります。
次は、「全部に応えなくていい」理由
距離を取ることが、
逃げではないとわかったところで、
次に扱うのは、
「なぜ全部に応えようとしてしまうのか」
という問いです。
応えなくていいものまで、
引き取ってしまう構造について、
次の記事で見ていきます。


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