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「ちゃんとやれている」ほど、
見えにくくなる違和感
社会に適応できている人ほど、
最初は問題が見えにくいことがあります。
求められた役割をこなせる。
空気も読める。
周囲からも「ちゃんとしている」と見られる。
だからこそ、
違和感を感じても、
「自分の気のせいかな」
「甘えているだけかも」
と流してしまいやすい。
適応できている状態は、
安全に見えて、
実はズレが蓄積しやすい場所でもあります。
適応が続くと、
調整が全部「自分の中」で起きる
社会の設計が合っていないとき、
人は環境を変えるより先に、
自分を調整し始めます。
・感じ方を鈍らせる
・無理を無理だと思わないようにする
・期待に応えることを優先する
これが続くと、
外からは問題なく見えても、
内側では常に緊張が抜けない状態になります。
「できている」のに、
なぜか疲れが取れない。
この感覚は、ここから生まれます。
我慢が得意な人ほど、
限界がわかりにくい
適応力が高い人は、
我慢することにも慣れています。
周りに迷惑をかけない。
波風を立てない。
求められたことに応える。
それ自体は悪いことではありません。
ただし、
我慢が続くと、
「どこまでが無理なのか」
がわからなくなります。
限界は、
一気に来るのではなく、
静かに近づいてきます。
適応=正解、ではない
社会に適応できることは、
能力の一つです。
でも、
適応できるかどうかと、
その環境が合っているかどうかは、
別の話です。
合っていない場所での適応は、
長期的には消耗になります。
うまくやれているかどうかより、
無理なく続けられているかどうか。
見るべき基準は、そこです。
次に考えるのは、
「離れる」ではなく「距離」
ここまでで見えてきたのは、
適応しすぎることのリスクです。
次は、
「全部やめる」でも
「完全に逃げる」でもない選択。
どこまで関わるか。
どこから引き取らないか。
距離を取る、という考え方について、
次の記事で扱います。
「ちゃんとしているのに限界」という状態は、珍しくありません。同じ悩みの入口はこちら。


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