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うまく回らないとき、人はまず自分を疑う
何かがうまくいかないとき、
多くの人は無意識にこう考えます。
・自分の努力が足りないのかもしれない
・やり方が下手なんだと思う
・自分が弱いだけかもしれない
状況や条件より先に、
「自分」に原因を置いてしまう。
これは性格ではなく、
そう考えるように作られてきた思考の流れです。
社会は「状態」より「結果」を見る
社会で評価されるのは、
・できたかどうか
・回っているかどうか
・続けられているかどうか
です。
そこに至るまでの
・疲れ
・負荷
・処理量
は、ほとんど見られません。
同じ結果が出ていれば、
同じ状態でやれている前提になる。
だから、
結果が落ちたときだけ
「本人の問題」に見えやすくなります。
状態の差は、見えないまま放置されやすい
脳の状態や気分の余白は、
外からは見えません。
・余裕がある人
・ギリギリで回している人
この違いがあっても、
同じように「できている」ように見えます。
だから、
崩れたときに初めて差が表に出て、
その瞬間だけが切り取られる。
その結果、
「できなくなった自分」が
責めの対象になりやすくなります。
責めるべきは人ではなく、前提の置き方
本当に問い直すべきなのは、
・そのやり方は、誰向けに作られているのか
・そのペースは、どんな状態を前提にしているのか
という前提のほうです。
同じ形で回ることを求められると、
合わない人は必ず無理をする。
無理が続けば、
どこかで歪みが出るのは自然なことです。
それを
「個人の弱さ」に回収しないために、
構造として見る必要があります。
責めなくていい、というのは免罪ではない
何もしなくていい、という話ではない。
変わらなくていい、という話でもない。
ただ、
「自分がダメだから」という前提を、
いったん外す。
そこからでないと、
次の選択肢は見えてきません。


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