評価されるのは「耐えられる状態」
今の社会で評価されやすいのは、
能力が高い人よりも、
負荷がかかっても回し続けられる人です。
多少無理をしても動ける。
忙しくても表に出さない。
頼まれると断らない。
そうした状態が、
「ちゃんとしている」
「仕事ができる」
「信頼できる」
と見なされやすい。
問題は、
この“耐えて動けている状態”が、
その人本来の基準だと誤解されていくことです。
頑張れることが前提になる構造
一度それができてしまうと、
周囲の期待は更新されます。
前もできていた。
今回もできるはず。
このくらい普通だ。
本人の余力や状況は、
ほとんど考慮されません。
頑張れている限り、
負荷は見えません。
むしろ「余裕がある人」に見えます。
無理は、静かに蓄積されていく
消耗は、
すぐに壊れる形では現れません。
・疲れが抜けにくくなる
・判断に時間がかかる
・小さなことが引っかかる
・理由の分からない不安が増える
それでも、
動けているうちは、
周囲からは問題視されません。
本人も、
「まだ大丈夫」
「自分の管理が足りないだけ」
と受け止めてしまいがちです。
限界は、ある日突然やってくる
耐える力がある人ほど、
限界に気づくのが遅くなります。
ある日、
体が動かない。
頭が回らない。
今までできていたことができない。
そこで初めて、
「調子が悪い人」
「休むべき人」
として扱われます。
でもそれは、
突然壊れたのではなく、
ずっと積み上がっていた結果です。
問題は、個人ではなく前提にある
このとき、
原因は個人に帰されやすくなります。
無理をしすぎた。
自己管理ができなかった。
メンタルが弱かった。
けれど本当は、
壊れるまで走らせる前提の問題です。
頑張れる人ほど、
守られにくい。
動ける人ほど、
限界が見えにくい。
それが、
この社会の構造です。
個人の強さに依存する社会の危うさ
耐えられる人が支える構造は、
長くは続きません。
誰かが倒れて初めて、
「問題だった」と気づく。
次の章では、
この前提そのものが、
どうやって作られているのかを、
もう少し分解して見ていきます。


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