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第2章|比較が人を消耗させる仕組み
比較は「成長のため」と思われやすい
比べることは、
成長のために必要だと言われがちです。
競争があるから頑張れる。
目標が見えるから前に進める。
そう感じた経験がある人も、少なくないと思います。
ただ、日常の中で起きている比較は、
本当に人を前に進ませているでしょうか。
多くの場合、
比較は「今の自分の行動」ではなく、
「他人の結果」に意識を向けさせます。
この時点で、
努力の向き先が、少しずつズレ始めます。
比較は、努力の手応えを切り離す
比較が続くと、
人は自分の基準を使いにくくなります。
・ここまでやれたという感覚
・前より楽になったという実感
・工夫がうまく回った手応え
こうした内側の指標は、
「あの人はもっとできている」
という情報ひとつで、簡単に上書きされてしまいます。
努力そのものが悪いのではなく、
努力を感じ取る前に、
比較が割り込んでくる構造が問題です。
比較の中では、努力は報われにくい
比較の基準は、
自分ではコントロールできません。
上には常に誰かがいて、
基準は際限なく動き続けます。
その結果、
頑張っても満たされない。
続けているのに、自信が育たない。
そんな状態が生まれやすくなります。
これは、
努力が足りないからではありません。
努力を評価する物差しが、
外に置かれてしまっているからです。
比較が、次の消耗を呼び込む
比較が常態化すると、
人は「何をしているか」より、
「どう見えるか」を気にするようになります。
そこから、
数値・評価・結果だけが
価値として扱われる流れが強まっていきます。
次に見ていくのは、
この比較がどうやって
数字や評価の世界につながっていくのか。
比較は、
ここで終わらず、
さらに別の消耗を生み出していきます。


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