02-12|数値化できるものだけが価値になる

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数字は「わかりやすい評価」だから使われる

数字は、便利です。

点数、順位、達成率、フォロワー数。
一目で比較できて、
説明しなくても通じる。

社会の中で、
数字が多用される理由はここにあります。

ただし、
わかりやすいことと、
本質を表していることは、
必ずしも同じではありません。

数字にできないものは、なかったことにされやすい

数字にしやすいものほど、
評価の中心に置かれます。

一方で、
・試行錯誤の過程
・自分なりの工夫
・疲れやすさや回復の速さ
・背景や状況の違い

こうしたものは、
数字にしにくいため、
評価の外に追いやられがちです。

結果として、
「見えない努力」は、
存在しないかのように扱われます。

数字基準は、人を同じ土俵に乗せてしまう

数値評価の怖さは、
前提条件を無視しやすい点にあります。

同じ数字でも、
・余力がある人
・無理を重ねている人
・条件に恵まれている人
・負荷を抱えている人

中身はまったく違います。

それでも、
数字だけを見ると、
同じ「評価」にまとめられてしまう。

ここで、
人の違いは切り落とされます。

数値化は、自己責任の入口になる

数字が基準になると、
結果がすべて本人の問題に見えます。

・結果が出ないのは努力不足
・伸びないのは工夫が足りない
・評価されないのは能力の問題

こうした考え方が、
自然に組み込まれていきます。

次に見ていくのは、
この構造がどうやって
「見えない基準」となり、
人を追い詰めていくのか。

数字は、
評価を簡単にする一方で、
責任の所在を個人に集めていきます。

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