02-14|自己責任に変換される構造

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問題は、いつのまにか個人の内側に置かれる

見えない基準がある社会では、
うまくいかない理由が、
構造ではなく「個人」に帰属されやすくなります。

・できないのは努力が足りないから
・合わないのは適応力が低いから
・つらいのは気持ちの問題だから

こうして、
環境や前提のズレは見えなくなり、
人の内側だけが問題にされていきます。

「頑張れる前提」が、静かに押しつけられる

多くの場面では、
頑張れる人を基準に、
仕組みや期待が作られています。

・余裕がある人
・切り替えが早い人
・刺激に強い人

この前提に合わない人は、
最初から不利な位置に置かれます。

それでも、
前提そのものは問われません。

代わりに、
「自分がもっと頑張ればいい」
という方向に話が流れていきます。

自己責任化は、声を奪う

問題が自己責任として扱われると、
人は困りごとを口にしにくくなります。

・甘えていると思われたくない
・弱い人だと思われたくない
・できない側に分類されたくない

こうして、
不調や違和感は、
表に出る前に押し込められます。

結果として、
限界まで我慢してから崩れる人が増えます。

 比較と自己責任は、セットで強化される

比較がある社会では、
うまくいっている人が常に可視化されます。

その状態で何かがうまくいかないと、
原因は自然とこう整理されます。

・あの人はできている
・自分はできていない
・だから、自分の問題だ

構造の違いは消え、
自己評価だけが削られていきます。

次に見ていくのは、
この流れがなぜ社会にとって
「都合がいい構造」なのか、です。

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